雨の日

「雨の日」

昭和33年7月のこと、台風11号の接近でこの日は朝から激しい雨が降り続いていました。

ほとんどの商店がまだお店を閉じたままで、中には臨時休業の張り紙もあり、早朝の商店街では人影もまばらでひっそりとしていました。

いつもの見慣れた街と違って、何やら不気味で怖くなりそろそろ帰ろうとした時でした。

降りしきる雨にもめげず、一人の新聞配達の少年が、通りの真ん中を堂々と力強く歩いていく姿を見かけたのです。

その時は驚きました!。

そして、その少年の颯爽とした姿は、気高くそして神々しくさえ見えて、胸を打たれました。

その凛々しい後姿を、祈るような気持ちでカメラに収め、遠ざかる姿を見送った時は、本当に感動的でした。

大きな番傘を差して、誰を待っていたのか?雨の中何時までもしょんぼりと街角に立っていた男の子、新しい洋傘を嬉しそうに差して、家の前で雨を楽しんでいた女の子、ずぶ濡れになって配達していた牛乳屋さんなど、思い出すたび懐かしさが込み上げて来ました。

この時代は雨が降ると洗濯はもちろん、買い物はさらに大仕事でした。

冷蔵庫といえば氷の冷蔵庫ですから、生鮮食料品はその日その日に買わなければなりません。

お店も魚屋、肉屋、八百屋、油屋、酒屋、米屋等とそれぞれの専門店の時代でした。

今のような大きなスーパーマーケットなどもありません。

電話や自家用車さえも特定の家にしか普及していない不便な時代でしたから、田畑や草木には恵みの雨でも、主婦にとっては、長雨は無情な雨、さぞかし苦労し泣いたことと思います。

飛ばされそうになる傘を右手でしっかり握り締め、左手にお鍋を持って歩いてくるおばちゃんに出会いました。

「こんにちは、お買い物ですか?大変ですね!」「そこのお豆腐屋さんまでね」と、私の前を足早に通り過ぎ、間もなく大事そうにお鍋を持って、今度はゆっくりとした足取りで帰って行きました。

“ご主人の晩酌の冷奴かな?それとも今夜のお味噌汁かな?” 私が想像してると、またお鍋を持って、おばちゃんが私の前を通り過ぎます。

不思議に思いながらカメラを覗いてる私に「雨の日は大きな鍋は持てないし、この鍋には一丁しか入らないから、困っちゃうよね!。

」と苦笑いし「まだこれから野菜とお魚、それにお酒も買いに行かなくっちゃならないしさ!雨の日はまったく女はひと苦労だよ!!」と呟きながら、来た方を戻って行きました。

疲れたように少し足を引きずって通りすぎて行くおばちゃんの足首には、大きな白い湿布が貼られていました。

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