卒園式

昭和31年に開園になった山里にある桐生市立梅田保育園は、寒い冬が明けるころになると、あたり一面にある梅林から梅の花が見事に咲き始めます。

ほんのりとした梅香が漂い清清しくまさに梅の里と呼ばれているのに相応しい場所でした。

のどかで私の大好きな所でした。

そんな素晴らしい環境の中で、心温かな先生たちに見守られて、園児たちは、毎日元気で真っ赤なほっぺをして、笑顔いっぱいで仲良く学び、遊んでいました。

一人っ子だった私は、明るい溌剌とした子供たちのくったくのない笑顔に魅せられ、弟や妹のように思えて会いたくて仕方ありませんでした。

kindergartentxt幸いにも保育園は菩提寺の境内に有り、園長先生はお寺の和尚さんでしたから 開園以来、自由に写真を撮らせてもらうことが出来ました。

日曜は保育園もお休みなので、高校の在学中には、時々授業をサボって訪ねては、子供たちを撮影していました。

写真家を夢見て頑張っている私を、応援してくださった恩師の有難いご理解が有ってのこと、今も心から深く感謝しています。

梅の花も終わり、春の訪れと共に3月になると、嫌でもすっかり仲良しになった可愛いい園児達との別れの日がやってきました。

昭和33年の卒園式の日は、私は朝から何となく落ち着かず、自分の高校卒業式の時よりも胸の躍る思いでした。

ぺタルを踏むのももどかしく、上り坂の続く山道をカメラをかつぎ、息せき切って自転車を走らせました。

保育園に着くと顔見知りになった園児のお母さんやお祖母ちゃんたちが、和服やスーツを着ておしゃれしてわが子、わが孫の晴れ姿を一目見ようと沢山集まってきていました。

園児たちもいつもよりきちんとした洋服を着せられて、私と目が合うとちょっぴり恥ずかしそうに、もじもじとして照れくさそうでした。

どの子も、可笑しくなるほど硬くなっていました。

日頃の腕白坊主はもちろんのこと、おしゃまで陽気な女の子も今日ばかりは借りてきた猫のようにおとなしく、いつもの鼻たれ小僧の顔も見違えるようにきれい!でした。

一人ひとり名前を呼ばれると立ち上がり、はっきりと大きな声で「はい!」と答えて、胸を張り、園長先生の前へ進みでて、両手でしっかりと卒園証書をいただく緊張した姿 は今も目に焼きついています。

幼き子供たちの心臓の鼓動がドッキン!ドッキン!と聞こえてくるようでした。

見送る先生たちの優しいまなざしにも感動しました。

あどけなくとても可愛いくて、2年間を写真を通して仲良く遊び、楽しませてくれた可愛いこの子供たちに、ありがとう!と心で言いながら、夢中になって撮影していた事、今度会えるのはいつだろうと別れが辛くなり泣きそうになった事などが懐かしく蘇ります。

写真展で50年ぶりに小林先生、桑原先生、森下先生に再会出来て保育園当時の話にしばし花を咲かせられた事はこの上ない幸せでした。

あの時の素敵な明るい笑顔の子供たちにも“きっと何時かは再会できる!”と信じて希望を抱き楽しみにしています。